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今夜の番組チェック

++ 3回目の妊娠と流産 ++

2002年8月22日(木) うっすら陽性反応
旦那が帰宅した途端、生理予定日3日くらい前だが、急に妊娠検査薬(チェックワン)を試してみたくなった。
結果、ほんと〜にうっすらだけど「陽性反応」がでた。
しかし、3度目ともなると夫婦そろって冷静なもので「まだわかんないねー」で、いつもと変わらない夜をむかえた。
2002年8月23日(金) もっとうっすら陽性反応
念のため、もう一度妊娠検査薬を試してみた。
すると昨日よりもさらに薄い「陽性反応」になった。妊娠しているかも知れないけど、またダメかな〜と不安がひろがる。
2002年8月25日(日) 生理予定日
8月11日(日)が排卵日であれば今日が生理予定日だけど、基礎体温表を見ると微妙なところ。
もしかしたら明後日くらいが生理予定日かもしれない。
でも一応まだ体温高いし、本当に妊娠したかな?ただ右足の付け根と右の下腹部が痛いのが気になる。
子宮外妊娠だったらどうしよう!?
2002年8月26日(月) 濃くなった陽性反応
足の付け根や下腹部の痛みはきつい下着のせいだったみたいで、とりあえずホッ!
夜、妊娠検査薬をまた試すと判定窓より若干薄いくらいの「陽性反応」になった。
妊娠は確実!でも正常妊娠かどうか不安で仕方がない。
そして、また流産してしまったら・・・こんなことばかりが頭をよぎる。喜びよりも不安が大きい。完全にトラウマ!
2002年8月30日(金) 病院
妊娠検査薬が陽性になったことを担当医に言った。
解禁前だったので怒られるかな〜と思いつつの報告だったが、以外にもあっさり「あっそう」とのこと。
解禁前に妊娠した場合、何か治療法を考えてくれると言っていたので期待していたが、何もなし!
それどころかテルロンの処方も「妊娠したら必要ない」とのことでストップ。
ほんとかよ〜?おい!!!
なぜって潜在性高プロの場合、最近ではほとんどの病院で心拍が確認できる8週目から長いところでは10週目まで流産予防で飲ませると言うのにっ!
そして頚膣超音波で診察したが、まだ早すぎるので胎嚢は確認できないとのこと。
正常妊娠かどうか不安だし、さらにテルロンをきられたことで流産の恐怖に包まれた。
他の病院へ行って処方してもらおうかな?どうしよう!?
やっぱりとんでもない医者なのでは!?と不信感がつのる。もし流産したらどうしてくれるんだーーー!!!!!
2002年8月31日(土) 安産祈願
私があまりにも心配しているので、みかねた旦那が雑司が谷鬼子母神へ安産祈願をしに連れて行ってくれた。
今度こそ無事に産まれてきてくれるように力いっぱいお願いした。少し気持ちが和らいだ気がした。
2002年9月6日(金) 切迫流産で入院
今日は胎嚢確認のために病院へ行く日。
ところが、出発直前に茶色いおりものが出てしまった!まただよ〜〜(>_<)
絶対にテルロンをやめたせいだよ!あの医者のやろう!!(怒)
せっかく旦那と車で行くというのに2人とも不安で無言のまま病院到着!
しかも予約のはずなのに1時間経っても呼ばれない。だんだんお腹が絞るように痛くなってきた。トイレへ行くと出血している!
あわてて受付の人に言うと、すぐに見てもらえた。切迫流産とのこと。
ところが、驚く事に「先週は胎嚢がこの大きさで、今日は少し大きくなっているし、まだ可能性はあるから入院できる?」と先生。
もう「はぁ!?」って感じ。確かあんた先週は「胎嚢は確認できない」って言ってたよね!?
散々私を不安がらせて、なんで今週になって胎嚢の超音波写真を見せるわけーー?!?お前が入院しろーー!!o(>o<)o

結局、バタバタと慌しく入院。部屋は4人部屋だった。しかも全員お腹の大きい妊婦たち。もう死にそう。
そして、病棟の担当医が2人来た。「旦那さんは?」って言うから、今着替えをとりに帰っているが、1時間くらいで戻ると答えた。
困ったような顔をしながら「じゃ戻ったら連絡してください」とのことだった。
ところが、旦那と一緒にナースステーションへ行くと、一番えらい担当医は帰っていた。なんて無責任な!!先が思いやられるよ。
別の医者に治療法の説明を受けたのだが、「安静にしていてください」オンリー!
で、「それでももし出血が止まらない場合、止血剤の点滴をしましょう」だって。
後は今まで飲んでた当帰芍薬散を飲むだけだそう。なんだ、家にいるのと変わらないじゃない。
外来の担当医は高プロの治療中に妊娠した場合、何か治療法を考えると言っていたのに、何も考えてはくれず、
入院してもこんな程度の治療だなんて・・・正直ガッカリだよ。
せめて今から点滴をして欲しいと要求し、一応点滴だけはしてもらえたけど・・・最悪な気分。
2002年9月7日(土) はじめての入院生活
はじめての入院ということもあるし、外来の担当医に対しての憎悪がみなぎり、昨夜は寝るどころじゃなかった。
トイレに行っても妊婦だらけだし、この4人部屋も妊婦だらけで・・・落ち込みが激しかった。
流産を繰り返している患者の心のケアはいっさいしてもらえないものなんだ、とつくづく思った。
さらに追い討ちをかけるように同室の人たちの赤ちゃんの心音をモニターで聞きにきている。
はっきり言って、たまらない気分になった。羨ましくて涙が出た。
私なんて一度も予定日を言ってもらったことがない。心拍だって確認できたこともない。
なのに、どうしてこの妊婦たちと同じ部屋にいなければならないのだろう?いったいいつまでここにいなければならないのだろう?いつまで耐えられるのだろう?
旦那がお見舞いに来てくれた時に,そう言って泣いた。すると旦那が「子供のためだから頑張るんだよ」と言った。
そうだよね。もしかしたら赤ちゃんは頑張っているかも知れないもんね。ママも頑張るから赤ちゃんも頑張るんだよ。


2002年9月9日(月) 血液&尿検査
相変わらずなかなか眠れず、夜中に何度も起きてしまった。
ようやく寝たな〜って時に、「こっこさ〜ん採血で〜す」と起こされた。ぼ〜としてるうちに2本くらい抜かれてた。
そっかぁ、尿もとらなきゃなんだよね。トイレへ行くと毎度でっかいお腹の妊婦たちがいる。朝っぱらから楽しげに語らっている。
そして、なぜか私のことをジロジロ見る。なんなんだ!?お腹がぺったんこの私がいちゃいけないっての!?むかつく!
流産を2回してからの私はどこか誇らしげな妊婦が大嫌いなのである。そんな中にずーーーっといなきゃいけないんだから、マジでやってられないよ。
夜、HCG値が16000以上あるから流産してないとの報告を受ける。
嬉しかったけど、毎日の心音モニター、妊婦、新生児室・・・早くもノイローゼ気味で笑顔もでなくなっていることに気付く。
2002年9月12日(木) どうして私だけ?
入院して1週間が過ぎた。結婚以来、旦那と一日も離れたことがなかったから寂しくてしょうがない。
毎日お見舞いに来てもらいたいけど、仕事がピークに忙しいらしいし、病院は遠いし、あまり無理も言えない。
そして私のところに来る時間があるくらいなら、一人ぼっちで待ってる愛猫にゃごのすけのそばにいてあげて欲しい。
きっと昼間一人ぼっちでにゃごのすけ寂しがってるだろうな。ごはん食べてるのかな?心配でしょうがない。
ふと携帯の待ち受け画面のにゃごを見て涙ぐむ。
既に心拍が確認できているなら、入院していても気持ちがかなり違うのだろう。はじめての妊娠であれば、もう少し気分は違っているのだろう。
しかし、私は2回の流産後の3回目の妊娠・・・さらに不育症検査をきちんとした後の入院。
もしこれでダメならWAY OUTなんてホームページを作ってるけど、出口も見つからないまま、もう子供は諦めるべきなのかと弱気になったりもする。
同室の人たちは1人が2人目の出産、1人が3人目の出産、そして1人が二十歳の学生で出来ちゃったってやつで・・・やっぱり神様は不公平だよ。
同室の人たちは気を使って話しかけてくれたりする。いい人たちなんだよね。でも・・・私は彼女たちのお腹を見るたびに辛くなるばかりだよ。
2002年9月13日(金) 限界!!!!!
朝で当帰芍薬散がきれると言うのに追加分を持ってこない!!
入院した時、看護婦さんが残りの数を確認してたし、昨日の看護婦さんにも念のため今日の朝できれることを言っておいたのに、完全に忘れられているようだ。(怒)
だから今日の日勤の看護婦さんにも言ったのに、結局お昼の食前には間に合わなかった。
なんなんだ!!???この病院は!!??やる気あるのか!!??!?
今はその漢方だけが頼りだというのに・・・ひどすぎる!!本格的にイライラして午後再び出血してしまった!
入院してるのに病院側にイライラさせられ出血ってのもひどい話だよね。あっ、でもこの病院ならありえるか。
しかも内診できる担当医が2人ともいなくて違う先生に診てもらわなければならないなんて!
その時の赤ちゃんの大きさは2.5ミリとか言ってたな。5週のはじめくらいの大きさとも言ってたっけ。
私は今何週だっけ?と考えてみる・・・え〜っと6週の終わりだよ!やっぱりダメかも・・・。また赤ちゃん成長やめちゃったのかな?
再びテルロンをきった外来の担当医への怒りがこみあげてくる!
こんなことを考えていたら精神的に追い詰められてしまって、妊婦の中にいるのがもう我慢できなくなっていた。
気付くと「婦人科か個室に移して」と看護婦さんに言っていた。
こんな状態の私でも妊娠しているという理由で婦人科はダメとのこと。で、超expensiveな個室へと移ることになった。
でも個室へ移ったら、すごぉ〜くほっとしたよ。冷蔵庫もついてるし、何よりもこの中には妊婦がいない。
今夜はぐっすり眠れそう♪


2002年9月14日(土) 新生児室
ぐっすり眠れそう♪なんてうかれてたが、甘かった!ここは・・・そうだった!新生児室のまん前だったのだ。
泣き叫ぶ新生児の声は私をさらに落ち込ませるには十分であった。
しかも今日は土曜ということもあり、新生児を見るために訪れた喜びに満ち溢れた人、人、人。。。
おめでとうございま〜す♪なんて言葉がこだましてた。
トイレ行くために部屋を一歩出ると、ビデオをかまえた新生児のお父さんや親戚たち・・・いいなぁ。ぶーすかのことも早くあんな親ばかにしてあげたいよ。
結局のところ部屋を移っても何も変わらず、ストレスはたまる一方。家で寝ていた方がずっと良かったなどと後悔している。
いったいこの入院生活はいつまで続くのか?早く我が家へ帰りたい!
2002年9月19日(木) 安静にしててください
旦那が忙しすぎて病院にほとんど来れない為、今日は義姉がお見舞いに来てくれた。
いい加減、病院食にうんざりしていたので、差し入れは非常においしく、あっと言う間に食べてしまった。
そういえば入院した頃は多少だけど気持ち悪くて食事があまり食べられなかったのに、最近食べられるようになってきたなぁ。
これってヤバイ兆候かも?習慣性流産の人の体験談では、はじめてつわりがあった時にやっと産まれたって言ってるもんね。
考えると、私も今までの妊娠でつわりってなったことがない。
そうこうしているうちに再び出血!今回も色は茶色いけど、量が多い!!ナースコールしなきゃ!
看護婦さんは来てくれたけど、驚くべきことに先生はすべて出払っているという。
「とりあえず安静にしててください」
いったい何なんだーーーー!!!!?まるっきり入院している意味がないじゃんか!!こっちは高い金払ってんだよっ!!!(怒)
結局、4時間くらい放置され、診てもらえたのは夜だった。
出血の方は心配ないけど、心拍が確認できないと言う。通常、心拍は6週のはじめに確認できるらしいが、私は今7週目。もうダメなのかな?
そして、来週のはじめに見て心拍が確認できなかったら難しいとまで言われてしまった。
またしても絶望感・・・この気持ちは何度味わっても嫌なものである。今回はさらに怒りまでがプラスされているのだ!
不育症検査をし、原因が判明したのに途中で薬をきられたというのが、私の中に根強く残っているのだ。
今後どうしたらいいのか、本当に途方に暮れてしまったよ。
こんな気持ちをさかなでるかのように新生児の泣き声が元気良く聞こえてくる。うるさいってんだよ!!(荒)
流産を繰り返している患者の気持ちを少しは考えろーー!!婦人科がいっぱいと言うなら、一般病棟に移してくれーーーーーー!!!!!!
2002年9月20日(金) 一般病棟へ♪
ようやく看護婦さんも私の辛い気持ちが分かったらしく、婦長さん?に相談してくれ、整形外科の方に移ることが出来た。
今度は2人部屋だ。ここ整形外科の主任看護婦さんが素晴らしく良い人で今までの経緯を親身になって聞いてくれた。
そして、まるでお母さんのように温かく励ましてくれた。泣きそうになった。この病院にもこんな素晴らしい人がいるのか!
さらに同室のおばさんも明るい人で、事情を知って「諦めちゃダメ」と励ましてくれる。しかも巨人ファンだ♪
入院して初めて笑った気がする。ここへ来れて本当に良かった!受け入れてくれた整形外科に感謝です!
2002年9月21日(土) 一発逆転!
昨日からの入院生活は非常に充実している。
赤ちゃんの泣き声もなく、お腹の大きい妊婦を見ることもなく、心が落ち着き久しぶりにぐっすりと眠ることもできた。
主任看護婦さんは気にかけてくれて、よく顔を出してくれるし、同室のおばさんともジャイアンツネタですっかり仲良しになった。
ところが、担当医が私のいる病棟まで来てくれたのはいいのだが、「今産科も婦人科もいっぱいだから、ここにも妊婦が来るかもよ」だって!なんて嫌な奴!(怒)
心穏やかにいるべき時に必要のないゆさぶりをかけてくるとはっ!お前、本当に医師なのか?と言いたい。
診察の結果を伝える時も否定的な言い方をして落ち込ませてくれるし・・・
HCG値がより上がってるって、もう1人の先生が言ってるのに、「この検査は誤差がでるからね」だって。
その時は流産してなくても、今はしてるかも?ってことでしょう?本当に嫌な男だ!!
しか〜し、今日のジャイアンツは阿部の一発逆転で勝った♪おばさんと一緒に突き抜けた!!(^o^)q
他の病室からも歓喜の雄叫びが聞こえる。整形外科は楽しいところだ!
私の赤ちゃんも一発逆転で心拍が確認できますように☆そして一緒にパパとにゃごのすけの所へ帰ろうね!


2002年9月24日(火) 手抜きの医者
今日、内診すると言われていたから、朝からドキドキしながらずーっと待っていたのに、夜の8時になっても呼ばれない。
また忘れられたか?と思い、看護婦さんに確認してもらった。
すると分娩で忙しく手がまわらなかったので明日になったという返事が!!だったら、そうなったと言えよ!!!(怒)
他にも言いたいことはあるが、これに関しては心底呆れてしまった。
ここの病院の産婦人科は普通に分娩する人にとっては何の問題もないのかも知れないけど、私のような患者には本当にきついものがある。
2002年9月25日(水) 流産
午後になって産婦人科から呼ばれ、車イスに乗って行った。本当に妊婦だらけで気が滅入る。
今日は外来の担当医が診断してくれるらしい。ぞろぞろとこんな診察にも研修生がついてきてる。少しは気を使えよな。
内診台にのって直ぐに診断はくだった!「心拍がないね。説明するからナースステーションに来てください」
もっとよく診てよ〜〜〜!!!と思ったけど、担当医はさっさと行ってしまった。
そして説明がはじまった・・・「残念だったけど、まだ可能性はないわけじゃないから」と担当医は言い出した。
はっきりとテルロンをやめたせいじゃないかと言ってやった。しかし、「それは関係ない」そう。まぁ、関係があっても言えないだろうがね。
「今回、入院してもらったお陰で沢山のデータがとれたから、大学の研究室に送って調べて、次回なんとかします」なんて言ってんの。私は実験台か!?
本当に命を軽く考えてるよね。私はこうなりたくなかったから、2回目の流産で不育症検査を受けたんだよ。それを全くわかってないっ!
そりゃ解禁前の妊娠だったけどさ。その場合も何とかするって言ってたじゃない。
なんか他にも言い訳がましいことをウダウダ言ってたが、入院疲れと失望感で覚えていない。
そして、また新生児室前の歓喜の渦の中を通り抜け、整形外科へ向かう。もう涙も出ないや。
車イスを押してくれた看護婦さんは不妊に悩んでいたそうで、結局は諦めてしまったらしい。
そんな話をして慰めてくれた。ありがとう。

しばらくすると、またお呼びがかかった。明日の手術にそなえた心電図とレントゲン検査だって。
その後、もう一度お呼びがかかり、再び産婦人科へ行くはめに・・・・子宮口を広げる処置をするらしい。
これが異常に痛かった!と思ったら、まだ若い下っ端のパシリのような先生がやってるようではないかっ!?
担当医の女医Y先生がこうやってあーやって、なんて指導してる。ビックリした私は「女医Y先生がやってくれてるんじゃないんですか?」ときいた。
すると「これは1人じゃできないんで2人でやってますよ」なんて嘘と分かるようなことを言っている。とにかく超下手くそで時間もかかり痛くて気を失う寸前だった!
終わったあと無償に腹が立った!
私は子供が欲しくて欲しくて色々と頑張ってきたのに、努力のかいもなく悲しい結果に終わっている。心の中では外来担当医を恨んでいる。
そんな状態の私で練習させるなんて・・・しかも女医の先生がやらしていると言うのが、よく分からないし、腹が立つ!
同じ女性、少しは気持ちを察してくれていると思っていたのに・・・。
どうせ練習させるなら、もっと命を軽く考えている奴でやってくれ!
とにかく怒りと子宮口の違和感で自分が壊れそうだった。
もしや明日の手術もあのパシリ先生がやるのでは!?麻酔で寝てるわけだから不安だ。どうしよう。
そんな時、整形の主任看護婦さんが心配して来てくれた。不満と不安を口にしたら「ベテランの先生がオペするように言ってあげる」
この看護婦さんは本当に患者の気持ちを察してくれて、母親のような感じで安心させてくれる。
それにくらべて産婦人科の医者どもは・・・私的には最悪と言っていいだろう。
2002年9月26日(木) 遅れたそうは手術&退院
今日の午前中に緊急という形でオペをして、夕方には退院できると昨日の時点で言われていた。
ところが朝、パシリ先生が「今日はオペ室が混んでて午後の3時くらいになりそう」と言いに来た。
はぁ!?また話が違うの?で、今日退院できるか尋ねたら「大丈夫です」とのこと。それならいいけど。
だって今日は旦那が忙しいのに早退して車で迎えに来てくれることになってるんだからね!
ところが、お昼過ぎにパシリ先生が「緊急オペが数件入ってしまって午後5時くらいになりそう」と言ってきた。
でも退院はできるということで納得した。
しかし、旦那が迎えに来て、その後いくら待っても待っても呼びに来ない・・・もう6時すぎてるよ。
朝から食事抜いてるのにっ!腹ペコでイライラがピークに達した。
7時半をまわったのに何も言ってこない。どういうこと!?
看護婦さんに聞いてもらうと、ムカツク女医Yとパシリ先生が来た。
文句を言うと、気持ちなく謝りつつ、言い訳をいっぱいしている。そして今日の退院は無理とのこと。
「それは病院の勝手でしょ?」と怒る私に
「出血していたから、もう1日入院して様子をみた方がいいと外来担当医が言っていた」と、取って付けたような理由で退院を1日伸ばそうとしているのだ。
この女の態度、全然悪いと思ってない。しかもその外来担当医の名を出せば済むと思っている。本当にむかつく!
私達夫婦は怒り心頭だった。そんな時、病棟の担当医の中で一番えらい先生が来て、思いっきり謝罪してくれた。
今までは意地悪ばかり言って嫌な奴と思っていたが、この謝り方でベテランは違うな〜と思わせた。
一応明日の退院に納得し、手術を待っていた。
結局、始まったのは夜の8時を過ぎていた。子宮口に入れてあったものは当然違和感が増していた。
今回は完全に眠ってしまったようで、痛みは全く無かった。
手術中に夢を見た。榛名山の夢。おそらくこの子が授かったと思われる伊香保温泉へ行った時にちょっとだけ立ち寄った場所。ちょうど排卵日だったと思う。
もしかしたらあの景色をこの子も一緒に見ていたのかな?と思った。
手術を終えた私を見て、旦那は安心して帰って行った。
私はと言うと、11時すぎにくそったれの女医の許可を得て、旦那に買ってきてもらった牛丼をむさぼり食った。あーうまい!
2002年9月27日(金) やっと退院!
朝、産婦人科は絶対に行きたくない!と我がままを言い、婦人科の方で外来担当医の内診を受けた。
そして、やっと待ちに待った退院許可がおりた!
悲しい結果に終わったけど、我が家に帰れるのは、この上なく嬉しい♪
高い高い入院費(約40万)を払い、無事退院!赤ちゃんが無事ならこの金額も惜しくないんだけどね。
あ〜これだけあったら夫婦でイギリス行けたな〜などと考えてしまった。あっそうそう、病院の都合で1泊余分にした分もきちんと取られたよ。
今日は旦那はどうしても仕事が抜けられないらしいので、タクシーで帰ってきた!にゃごのすけ〜〜〜!!!

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