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++ 2回目の妊娠と流産 ++

2002年2月9日(土) 雑司が谷鬼子母神にて子授け祈願
前回の流産後、「1回目の生理をみたら解禁」と先生に言われたにもかかわらず、全く妊娠の兆候がないどころか、
排卵まで20日以上かかるようになってしまって、私の落胆ぶりは相当なものだった。
そんな時、旦那が「雑司が谷鬼子母神にお願いに行こうか!」と言ってくれた。本当に藁にもすがる思いでお願いをしに行くことにした。
そして、お参りをした後、絵馬を見たりしていると人なつこいお守り売り場にいるおじさんが「あれ?以前にも来なかった?」と話しかけてきた。
よく覚えていてくれたな〜と驚くばかり。そうです。流産後2回ほどお参りに来ているのです!
私が「子授けのお守りはないですか?」と尋ねると、おじさんが「お守りはないけど、子授け祈願はあるよ!」と教えてくれた。
私たちは即効でお願いすることにした。
本堂にあがり、お経をあげて頂くと、不思議と元気が沸いてきて、次は授かるのではないかと思えてくる。
旦那も何かを感じたと言っていたくらい、すごいパワーだ!!
帰りは何か吹っ切れたような清々しい気分でいっぱいだった。頑張ろう!!!p(^-^)q
2002年2月23日(土) タイミング妊娠法
毎月お世話になっている排卵検査薬が今日陽性となった。と言っても、終了窓より少しだけど薄い気がする。
でも、検査薬が陽性になってから24〜36時間で排卵すると言うし、昨日の検査後、すぐにLHサージが始まり、
今がLHサージが終わりかけで薄くなっていたら・・・と思い、タイミング決定!!(*^^*)
2002年2月24日(日) 変化なし
朝、基礎体温を計っても昨日と同じでまるっきり変化なし。おかしいなぁ??念のため、もう一度旦那と仲良くしておこう!
2002年2月25日(月) 排卵日
基礎体温が少し下がった。って事は・・・今日排卵??って事は、今月も失敗かも知れない。
排卵日を当てるのって本当に大変!
でも19日目の排卵だった♪やったー20日をきったぞー♪今月失敗しても目の前が明るくなった気がする。
2002年2月26日(火) 体温上昇
今日、高温期に入った。と言っても、36.6℃くらい。毎度のことだけど、低温期と高温期の差が多くて0.3℃くらいしかないんだよね。
黄体機能不全っていうやつかな?そのせいで流産したりするのかも知れない。
実は今回ダメだったら不妊治療を始めようと思っている。
2002年3月4日(月)〜 さらに体温上昇
高温期になっても相変わらずガタガタの基礎体温。36・6℃前後を行ったり来たり・・・。
ところが、この日から徐々に、しかもきれいに体温が上昇してきた。その後もほぼ毎日36・7〜8℃ある。めずらしー!
なんだかおりものも多いし、まさか着床した!?
2002年3月11日(月) 生理予定日
排卵日からすると今日は生理予定日だ。でも基礎体温は下がるどころか36.9℃くらいある。
明日までに生理にならなかったら、妊娠検査薬で試してみるか!
2002年3月12日(火) 妊娠発覚!
旦那の帰りを待って、妊娠検査薬を試してみた。なんと!すぐにクッキリ陽性になった!!!\(*^o^*)/
結婚して約1年、最近よく「赤ちゃんはまだ?」と聞かれるので、かなり悩んでいた。だから本当に本当に嬉しいっ♪♪
前回は病院へ行くのが遅かった気がするので、今回は早めに受診しようと思う。
今回はおりものが多いだけで変な下腹部痛はないし、大丈夫であることを願う。
それにしても雑司が谷鬼子母神の「子授け祈願」はすごいっ!!大感謝ですっ!!
2002年3月14日(木) 産婦人科受診
早速、近いし女医さんなので、前回流産した時にお世話になった病院へ行った。
待合室であの時の辛さを思い出してしまったけど、今は赤ちゃんと一緒だから、たとえ妊婦さんを見ても大丈夫!どうか無事に子宮に着床していてね。
先生が頚膣超音波の画像を見せてくれた。そして「これかな?わかる?やったじゃん!」と、かすかに何かあるかな?程度の点を指差し言った。
私はもううなずくだけで精一杯!胸がいっぱいで涙をこらえるのが大変だった。
そして前回の事もあるからと黄体ホルモン注射(HCG)をした。筋肉にするみたいで凄く痛い!でも、これくらい我慢しなきゃね。
診察室を出る時、超音波写真を頂いた。本当にまだまだ点だけど愛しい(*^^*) 頑張って大きくなるんだよ。
早速、旦那にメールで報告!もちろん即効喜びのレスがあった♪
旦那が帰宅後、超音波写真を見せた。すると第一声「可愛い!」たとえ点でも、やっぱり可愛いと思うんだね。(笑)
2002年3月18日(月) 黄体ホルモン注射
今日は2度目のHCG注射の日。待合室で超音波写真を見ている人達が「これが手かな〜?」とか言っている。
以前なら辛くて辛くて仕方なかったけど、今はもう大丈夫!(^^)v
まずは頚膣超音波。「少し大きくなってるよー!」と先生。写真を見せてもらうと胎嚢の大きさが5.2mmになっていた♪
良かった!成長してる!痛い注射もぜんぜんOK!
2002年3月22日(金) 成長
今日は3回目のHCG注射の日。注射のおかげか基礎体温も36.8℃くらいで安定している。
そして頚膣超音波。胎嚢は8.7mmに成長していた。順調のようで注射も今日で終わり。
そして次回検診が2週間後とのこと。その頃、7週目の後半になっているので、心拍が確認できるそう。
嬉しいけど2週間後というのはかなり心配。そういえば出産予定日を教えてくれないなぁ。なんで??普通はいつ教えてくれるんだろう??
2002年3月25日(月) 体温が下がりだす
自分で計算すると出産予定日は11月18日(月)大安。そして今日から6週目。
36.8℃をきる事がなかった基礎体温が今日少し下がった。大丈夫かな?もの凄く不安。
でも今日だけじゃ分からないから、もう少し様子を見てみよう。
2002年3月28日(木) 先生〜〜!!!
徐々に下がってきた体温が何度計っても36.6℃台になってしまった!!どうしよう〜〜〜?!!!
2週間後と言われたけど心配は体に悪いので、病院へ行ってしまおう!
診察室に入ると先生が「どうしたの?」体温が下がったことを伝えると「今何℃くらい?」「え〜っと36.7℃をきるくらいです」すると一蹴「高温じゃんっ!」
その後、一応超音波で見てはくれたが「大きくなってるよ」と一言。なんか怒ってる?めちゃめちゃ機嫌悪そう。
私が予定より早く受診に来たから?それとも大袈裟くらいに思ってる??皆が皆そうではないと思うけど、女医って嫌かも?と思ってしまった!
結局、注射もなければ薬も出ない。私も心配しすぎなのかも知れないけど前回の事もあるし、せめて漢方薬くらい出して欲しかったなぁ。
2002年3月31日(日) 変なおりもの
相変わらず基礎体温は36.7℃を境に行ったり来たり・・・。
そしてトイレへ行くと見た事もない黄色いカスのようなおりものが大量に出てしまった!何これ!?と同時に、下腹部が絞るように痛いっ!痛いよぉ〜!
こんな時に限って旦那は休日出勤している。しかも病院もやってなーい!o(>o<)o
少し痛みが治まったので、ベッドに横になった。またダメかも・・・だから体温が下がったって言ったじゃない。(涙)
帰宅した旦那は一生懸命励ましてくれるけど、あの下腹部の痛みとおりものは尋常じゃなかった。流産という言葉が頭をよぎった。
2002年4月1日(月) 流産宣告
朝、とうとう茶色いおりものが出てしまった。前回の時と同じだ。(TOT)
異変を伝えたにもかかわらず何もしてくれなかったことで、私は女医に対して不信感たっぷりだった。
でも、他の病院を探すほど気持ちに余裕はなかったので、朝一で病院へ向かった。良かった。妊婦はいない。
状況を話すと「じゃ、見てみようか!」と言われ、診察台へ・・・
写真を見せられ「形がいびつになってるし、おそらくダメだと思うけど、もう一度木曜日に来てくれる?」とのことで、
止血剤のSアドクノン30と漢方薬の当帰芍薬散を処方された。
ちなみにこの漢方薬は月経不順、月経困難、不妊症、動悸、慢性腎炎、妊娠中の諸病(浮腫、習慣性流産、痔、腹痛)などに効果があるそう。
この効能を読んで、3月28日に出してくれていたら・・・と悔やまずにはいられなかった。
そして、女医が何もしてくれなかった時点で他の病院へ行かなかった事を後悔した。私は本当に判断が遅すぎる。
2002年4月4日(木) 稽留流産
結局、あのまま出血は止まらず、日々その量は増えていき、今日に至ってしまった!
超音波写真を見せてもらうと、さらに形はいびつになり、子宮の出口近くまで胎嚢は移動していた。少し力を入れたら出てしまいそう。
実は出血してからというものトイレで力を入れないように気を付けていたのだ。もし力を入れていたら、すでに出てしまっていたかも知れない。
診察の結果は「稽留流産」。そして砲状奇態も考えられるから早いほうがいいということで明日の手術が決まった。
しかし、明日までの間に凄い激痛が起きるかも知れないとのこと。たぶんどんな激痛でも今の私の心の痛みの方がひどい状態だろう。
覚悟は出来ていたとはいえ2度もこんな思いをするなんて・・・悲しいなんてもんじゃない!どんなに小さくたって子供を亡くす事になんら変わりはないんだから。。。
待合室に戻ると、何人かの妊婦がいた。地獄だった。
今一番見たくないものを聞かれたら、間違いなく妊婦と答えるであろう私の目の前に幸せそうに赤ちゃん雑誌を読む妊婦達がいるのだ。
産婦人科なのだから仕方のないこととはいえ神様はどこまで私を追い詰めるのだろう?

そんな時、受付の人に呼ばれた。先生から料金のことや持参する物のことは聞いていたにもかかわらず、
受付の女は大きい声で事務的に手術に関する注意事項のプリントを読み上げていく。
あげくの果ては金額までも言ってくる。「もうやめてくれー!」と叫びたかった。
何のためのプリントなの?読めば分かるでしょ?待合室の妊婦達全員が私が明日「そうは手術」を受けると分かったことでしょう。
別に悪い事もしてないのに逃げるように病院を後にした。
あの受付の女はいったい何者なんでしょう?同じ女性なんだから、もう少し痛みが分かってもいいのでは?と思ったが、
やはり流産した気持ちは経験者にしか分からないってことなのかな?

帰り道、明日の手術に必要な物(生理用ショーツ、ナプキン、タオル)を買って帰った。
旦那の顔を見たら、やっぱり泣いてしまった!もちろん旦那もショックに違いなかった。
2度も・・・というのもあるだろうし、私の体を心配しているのもあるだろう。
あとは旦那の友達夫婦のところとほぼ同じ出産予定日だったので、つい先日その話で盛り上がったばかりだったというのもある。
どうして私は愛する人に子供を産んであげられないのかな?そんな事を思っていると急にお腹に激痛が走った!
なんて言ったらいいか・・・言葉では言いあらわせないほどの痛み。トイレへ行くと血と一緒に胎嚢と思われる塊が出てきた。赤ちゃん・・・(涙、涙、涙)
本当は旦那に明日の手術に一緒に来てもらいたかったけど、なぜか「明日の手術は来ないでいいよ。大丈夫だから。」と無理に強がってしまった!
年上女房はなかなか甘えられないのだ!(私だけ?)
2002年4月5日(金) 手術と心霊体験!?
ほとんど眠れないままにむかえた「そうは手術」の日。
今まで手術どころか麻酔もかけたことがない私。正直、死ぬかも知れないと思っていた。(^^;
そして旦那が出勤時、「もう会えないかもね」なんて言ってみた。やっぱり一緒に来てもらえば良かったかな?
重い足取りで病院へ・・・待合室には誰もいなかった。先生が来たので、昨夜、赤ちゃんらしき塊が出たことを伝えた。
もしかしたら手術しなくていいかも〜という期待をこめたが無駄だった。
驚くことに看護婦さんが「その塊を持ってきた?」と聞いてくる。病理検査をするためだと言う。
砲状奇態の疑いがあると言っていたのだから、昨日言って欲しかったよ。(-_-#
そして超音波で見ることもなく、いきなり手術室へ・・・普通そういうものなのかな?
すると手術室の隅で看護婦さんが4、5人見ている所でTシャツ1枚に着替えるように言われた。
もう最悪っ!!!せめて目隠しカーテンくらい用意してくれよっ!!!
さらに太陽の光が差し込み、雑然としているし、正直言って汚い感じの手術室。より一層憂鬱になる。どこの病院もこうなのかな?
そして手術台に乗った瞬間、両手両足を紐でしばられ点滴の全身麻酔をかけられた。
恥ずかしいと思っているうちに意識はだんだん薄れていく・・・
でも、痛いっ!すごく痛いっ!!その痛さに思わず声をあげているのが自分でも分かるのだ!
たぶん思いっきり暴れていただろう。人間の手で両手両足を押さえられているのも分かる。ただテレビで見るような励ましの言葉はいっさい聞こえなかったが・・・。

どのくらい眠ったのだろう。ふと目をあけると個室のベッドの上にいた。
そこには無数のオーブ(白く丸い発光体)が飛び、激しいラップ音があちこちで鳴っている!こわいよ〜〜〜!!
えーい!怖いからもう一度寝てしまえー!と思ったが、音が気になり眠れなかった。
看護婦さんが紅茶とクッキーを持ってきてくれた。その時は、あまり音が聞こえない気がする。
もしかしたら産まれることができなかった赤ちゃん達かな?と思ってみたりもしたが・・・やっぱりこわいよ〜〜!!
やっと看護婦さんが呼びに来て診察室へ。とりあえず、ほっ!
先生は見た感じでは砲状奇態ではないと思うと言っていた。あとは病理検査の結果待ちらしい。
あと何か言っていたと思うが、頭の中は真っ白で覚えていない。とりあえず処置後の薬をもらって帰った。本当に長い長い一日だった。
流産のショックのみならず、手術で恥ずかしい思いをし、心も体もボロボロだ。
2002年4月12日(金) 術後検診
術後だらだらと4日間、少量の出血が続いた。その間、基礎体温は高温期のまま下がらなかった。
トイレではトイレットペーパーを使えず、湿った脱脂綿を使用しなければならなかった。もちろん入浴はダメ!結構きついです(>_<)
そして今日は検診の日。病院へ行くとあの時の辛さが鮮明によみがえる。とりあえず体の方は順調に回復しているそう。そして砲状奇態でもなかったようだ。一安心。
2002年4月18日(木) 最終検診
検診の結果、もう大丈夫とのこと。良かった!できればもうこの病院には来たくない。
そして大学病院で不育症検査をしたい旨を伝え紹介状を書いてもらった。
2002年8月4日(日) ・・・そして水子供養
8月に入って、ようやく気になっていた水子供養をすることができた。場所は佐野厄除け大師。
2人の我が子の幸せのために、そして一日も早く帰ってきてくれるように、旦那と一緒に心から祈った。
お堂の中には赤ちゃんを抱いた仏様がいらして、そのお姿を見ただけで、こみあげるものがあった。
お経がはじまると泣けて泣けて・・・どうしようもなかった。(TOT)
ずっと気になっていたことが出来たので、とりあえずホッとした。

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